『いくらスキルが高くても、関わりたくない人がいる理由|”最後は人”』

先日、生徒さんからこんな話をお聞きしました。
「会社でハラスメントの外部研修を受けたけれど、内容がふわふわしていて結局何が言いたいのか分からなかった」と…
その中で「ハラスメントの種類が400以上ある」と言われて驚いたそうです。
確かに、最近ではハラスメントの種類がどんどん細分化され「○○ハラ」という言葉が日常的に使われるようになっています。
「パワハラ」「セクハラ」「モラハラ」に始まり「アルハラ」「スメハラ」「マタハラ」「パタハラ」「ヌーハラ」「カスハラ」「音ハラ」…ときりがないほど…
でも私は、そこに「大きな問題」があると感じています。
✅「ハラスメントの定義が広がりすぎて、本質が見えにくくなっている」
✅「本当に悪意ある加害と、すれ違いや感情の食い違いの区別がつきにくくなっている」
つまり「何がダメで」「どうすれば防げるのか」という「根本の理解」が深まっていないまま、表面的な知識だけが増えているのです。
【ハラスメントを起こす人の特徴と心理】

では、実際にハラスメントを起こす人とはどんな人なのでしょうか。
いくつかの共通点が見えてきます。
✅「自分が正しいという思い込みが強い」
✅「他者への想像力や共感力が乏しい」
✅「立場を利用して相手を支配・コントロールしようとする」
✅「感情のコントロールができない(怒り・不安を他人にぶつける)」
✅「プライベートが満たされておらず、職場で優越感を得ようとする」
つまり「自分の内面にある不安や不満を他人にぶつけることでバランスを保とうとする人たち」です。
これは、まさに「豊かな人生を送れていない人の典型」ではないでしょうか。
【大阪万博「土下座事件」に見た民度の低下】

記憶に新しい「大阪万博」での出来事。
案内係の職員が来場者から土下座を強要されたとされる映像が拡散し「土下座万博」と揶揄されました。
この件について、GACKTさんがSNSでこう語っていました。
「係員は案内ができる」のが当然の“役割”かもしれない。
でも、現場にはいろんな事情もあるし、運営の都合なんて客には関係ない。
とはいえ、罵倒して土下座させるのは違うだろう。
こんな見苦しい姿を世界に晒してどうする?
「民度の低下が本当に悲しい」
この言葉に、私も大きく頷きました。
「誰かに強く当たることで、自分のストレスを解消しようとする人が増えている」
それが今の社会をますますギスギスしたものにしているのです。
【いつから、なぜ?
ハラスメント文化が急速に拡大したのか?】

1.「情報の拡大とSNSの普及」

近年、SNSやインターネットが普及し「情報がリアルタイムで拡散する時代」になりました。
このため、一つの出来事が瞬時に広まり、それに対する反応が次々に生まれるようになっています。
人々は物事を即座に「評価」したり「感情的に反応」したりする傾向が強まりました。
この現象が、極端な意見や行動を助長している部分があります。
SNS上での匿名性や、感情的な「バズり」を狙った言葉の使い方が「理性的な議論や冷静な対応を難しくしている」のも一因です。
2.「過剰なコンプライアンスと規制」

1990年代後半から2000年代初頭にかけて、企業や教育機関、政府機関でハラスメントに関する「コンプライアンスや規制が強化」されました。
これにより「ハラスメントを未然に防ごうという意識が広まり、逆に過剰に敏感になる人々が増えていった」とも考えられます。
例えば、職場での言動に対する監視が厳しくなる一方で、その基準が曖昧であったり、極端に厳しすぎる場合もあります。
その結果「行動の自由度が狭まり、コミュニケーションがぎこちなくなってしまう」こともあります。
3.「個人主義の強調と社会の分断」

これまで日本社会は比較的「協調性や集団主義を重視してきた」部分がありましたが、近年では個人主義が強調され、他人との距離感や違いを認めるよりも「自分が正しいと主張する姿勢が目立つようになった」ように感じます。
「他人の言動や行動に敏感になりすぎて」些細なことでも問題視されるようになり、過剰に反応してしまう場面が増えました。
4.「ストレス社会と精神的な余裕の欠如」

現代社会は非常に「ストレスフル」であり、仕事や生活に追われる中で、人々は精神的な余裕を持つことが難しくなっています。
そのため、些細なことに対して感情的に反応したり、他人を責めたりする傾向が強くなっているのではないでしょうか。
特に「自分の不満や不安を他者にぶつける」ことで、精神的なバランスを取ろうとする人が増えていると考えられます。
5.「教育と価値観の変化」

教育制度や家庭環境においても「いじめ」や「ハラスメント」をなくすことが重視されるようになり、感情的な対立を避ける方向が強調されました。
その一方で、人と人との摩擦を解決する能力が欠ける人が増えたとも言えます。
対立を避けることが重要視されるあまり「問題を適切に話し合い、理解し合う力が薄れていった」可能性があります。
「結論として」

これらの要因が複合的に作用し「ハラスメント」への過剰な反応や感情的な対立の激化が進んでしまったと考えます。
本質的な問題は、過剰に敏感になることによってコミュニケーションが閉ざされ、理解と共感が希薄になることだと感じます。
また、社会全体で「人間としてどう向き合うか」や「相手の立場に立って考える力」を育むことがもっと重要になってきているのではないでしょうか。
【スキルが高くても「関わりたくない人」がいる理由】

私は、どれだけパソコンスキルが高くても、仕事がバリバリできても、
「人として関わりたくない」と感じる人とは働きたくありません。
なぜなら、そういった人がいるだけで、組織やチームが一気に機能しなくなるからです。
✅「言いたいことが言えない空気が生まれる」
✅「人間関係がギスギスしてくる」
✅「報連相が機能しない」
✅「チームとしての連携が取れない」
✅「ミスが増え、生産性が下がる」
つまり、一人の「ハラスメント気質な人」が職場全体に与える悪影響は計り知れないということです。
「技術があるから、多少横柄でも許される」——そんな考え方では「いずれ必ず人間関係でトラブルを起こすでしょう」
そう考えると、企業が本当に採用すべき人材は、
「Excelが得意」や「業務が早い」といった表面的なスキルではなく、
「周囲と信頼関係を築き、安心感を生む存在」ではないでしょうか。
【最後は人】

私は、日々パソコンスキルを教える立場ではありますが、
それでも声を大にして言いたいことがあります。
「最後は人」だと思うのです。
「賢い」「デキる」は二の次です。
スキルは、時間をかければ誰でも身につけられます。
ですが「人間性は日頃の言動の積み重ねでしか磨かれません」
これからの社会、ますます「AI」や「IT」が進化しスキルの差は縮まっていくでしょう。
その中で本当に差がつくのは、「人間として信頼できるかどうか」ではないでしょうか。
あなたは、誰かにとって「安心して一緒に働ける人」ですか?
それとも、周囲を緊張させてしまう存在になっていませんか?
どれだけパソコンが得意でも私はやはり”「人」として一緒にいたいと思える人と働きたい”
そして、そういった人が最後には会社に貢献し、企業価値を高め、周囲の人間を高めていける人材になっていくと感じます。
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